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会報 No.30
1988/12/7
こびき 3F

  はじめに

 今回から、これまでの「集会だより」を改め「会報」とすることにしました。
 元々「たより」を発展させてより質の高い「会報」にすることを目的に1年以上にわたり「たより」を発行しつづけてきたのですが「たより」はあくまで「たより」にすぎません。
 この際「会報」と銘打つことで「会報」らしいものを作り上げてゆくことが将来的に見て良いのではないか−と考えたからです。
 発行はこれまで通り月2回、内容もこれまで通りであまり変わりばえしないと思いますが、可能な限り会員の文章をのせるなどして「会報」らしくしてゆきたいものだと思っています。
 と、ここまで書くと「原稿を出せ出せと催促されそうでかなわない」などと思う人の声が聞こえてきそうです。ま、その通りになるかと思いますが、そこはまあ宜しくお願い致します。
 

 
  (1) 出席者 14名
松元・山口・鈴木(光)・養田・川崎・桜井・宇賀田・小野・岡本・石原・小山(母子)・佐野・中川・石原(京子)
 ※出席者が10名を超えるのは本当に久しぶりのことでした。

 
  (2) 個人山行報告
11/27
 十二ケ岳ハイキング  鈴木(光)・小野・宇賀田・関・他1名
 
 
  (3)

冬山合宿について
 まず、結論を先に記します。当初予定していた槍ケ岳を取り止め、八ケ岳の定着に計画を変更しました。
計画変更になった理由を以下箇条書きにします。
1.11月以降、集会出席者が少なく冬山合宿について具体的な話合いをほとんど進めることが出来なかった。
2.12月に入っても合宿参加者が未確定(確定していたのは2名のみ)で他に2〜3名参加の意向であったが上高地散策または横尾止まりといった状態であった。
3.12月の冬山トレーニング山行(谷川岳)も参加者がわずか4名のみで盛り上がりに欠けていた。
4.槍ケ岳へ行くためにはおよそ5日間の日数が必要で、これだけの休みの取れる人が少ない。
  −などです。

 

 
  (4)

八ケ岳合宿の内容
 先発パーティは30日早朝(又は29日夜)東京出発。
 美濃戸 → (柳川南沢) → 行者小屋・ベース設営
 31日、1日、2日にわたって、赤岳・阿弥陀岳・横岳の岩稜、氷瀑の登攀を各自の技量にもとづいて実践する。登攀ルートは各自調べておいて下さい。

 21日(水)の集会に出席できない人は、冬山合宿の参加、不参加にかかわらず、必ず松元までTELして下さい。
 

 
  (5) 12月の集会及び行事
 
21日(水)集会 「こびき」3F
 この日集会は8:00までとし、以降忘年会にする予定です。
 可能な限り早めに出席して下さい。
 
 
  (6)

来年の行事予定
 現在のところ、具体的なものは出来ていません。2〜3月にかけてスキー合宿はどうかという案もあります。
 何か別に計画案を持っている人は発表して下さい。