HOME > 会報 > 会報31〜40 > No.32
 
正月合宿の記録 八ヶ岳定着合宿報告
1988/12/28〜89/1/2
山口 記
 

 〈行動概容〉

 12月28日
 夜、鈴木(光)字賀田 関は東京発

 29日
 美濃戸口→美濃戸→柳川南沢→行者小屋 テント設営
 
 30日(晴)
 1.鈴木 字賀田は赤岳→硫黄岳の縦走。関は体調思わしくなく途中からテントへくだる縦走の後3名とも下山
 2.山口 養田 桜井は朝に東京発。美濃戸口→美濃戸→柳川南沢→行者小屋 美濃戸を出て暫く行った所で、下山して来た鈴木(光)宇賀田 関パーティに会う。
 3.松元は夜、東京発。美濃戸口て車中ビバーグ。

 31日(晴)
 山口 養田 桜井は中山尾根の登攀。地蔵尾根を下降。行者小屋で松元に合流。4名で中山峠を越え、鉾岳ルンゼ(?)中にある氷結した大滝を見に行く。しかし、トレースが無くラッセルが大変な為、下降。三叉峰ルンゼに入る。期待していた氷瀑は発達していず、かえって悪い状態の滝を1ピッチ桜井がリードして下降。

 1月1日(風雪)
 4名で赤岳南峰リッジを目指すが、吹雪の為取付点がわからず、文三郎尾根を通り赤岳登頂。地蔵尾根を下降。ベース到着後、ただちに山口は下山。桜井は北八ツに入る為、硫黄岳へ出発(この日は頂上手前で幕営)
 
 2日
 松元、養田下山。
 
 〈総括〉

 89年正月合宿は、当初、槍ヶ岳及び赤沢山の登攀を計画していたわけだが、参加メンバーの日程等の調整がつかず、この為入下山が自由に出来、岩登りからアイスクライミング、縦走など各自の技量、嗜好に応じて選べるという事で、今回の八ヶ岳定着合宿になったわけである。
 ただ、参加者の人数が少なく、おまけに全員が一堂に会する日が無かった為合宿という気が余りしなかったようだ。冬山合宿はどのような形態でなければならない、と決まったものがあるわけでわないが、やはり、全員が協力しあって、1つの頂上或はルートを目指す方が良いのではないかと思う。

 〈食料及び装備〉

 入山の容易な事から、食料の軽量化は特に考慮せず、また、肉類なども生のまま持って行く事にし、メニューもそれに合わせるようにした。
 ところで、今回は入下山がまちまちの為、「登山計画書」には各自の滞在日を明記しておき、食料もそれに合わして人数分用意した。しかし、実際には予定より早く下山したり、不参加の人が出て来たのであるが、この事が事前に把握出来ずに余分の食料を購入、持って行くという無駄をしてしまった。特に食料費の点では残った人の間で按分したため、一人当たり予定の倍近い出費になった。
 これからは、合宿参加者(合宿に限らず、会山行でも同じ事だが)全員から事前に食料費などは徴収し、合宿(会山行)終了後に会計報告し精算するべきではないか、と考える。
 装備の中で今回のような定着合宿の場合、より火力の強いガソリンバーナーを持って行くよう検討してはどうか。行者小屋のように水場に恵まれる事はむしろ少ないわけで、これが雪を融かすという事になると、ガスコンロだけでは心もとないと思う。